
●その研修、受け身で終わっていませんか?
「研修後は意欲が高まっていたのに、数週間で元に戻ってしまった」
こんな声を現場から聞いたことはありませんか?
せっかくの研修も、受講者が受け身のままでは、行動につながらず、成果にも結びつかずに終わってしまいます。
背景には、「キャリアは会社が決めるもの」という意識が残っていることも少なくありません。
しかし、変化の激しい今の時代においては、自ら学び、動き、機会をつかむ「キャリア自律」が欠かせません。
これは一部のハイパフォーマーだけに求められるものではなく、すべての社員にとって必要な力です。
こうした力を育てるためには、単に自己理解を深めるだけの研修では不十分です。
重要なのは、学びを行動に変える設計と、それを現場で支える仕組みの両輪です。
研修で「気づき」を得ても、それを実践できる場やサポートがなければ、定着は望めません。
本コラムでは、社員の主体性を引き出し、現場での行動変化を促すキャリア自律研修のあり方と、効果を高めるための運用の工夫について、具体例を交えて紹介していきます。
「学ばせて終わり」にしない研修設計とは何か。
次の企画・見直しのヒントとして、ぜひ最後までお読みください。
1.なぜ今、「キャリア自律」が求められるのか
キャリア研修の見直しを考えるうえで、今あらためて問いたいのが、「なぜ、キャリア自律なのか?」という根本的な問いです。
従来のように会社がキャリアの道筋を示し、社員は異動や昇進に従って成長していくというモデルは、もはや通用しづらくなっています。
背景には、ビジネス環境の急激な変化があります。
技術革新や事業構造の変化、リモートワークの浸透により、「同じ仕事を長く続ければ自然とキャリアが形成される」という時代ではなくなりました。
職務内容や求められるスキルが数年単位で変わる中で、社員が自ら学び、役割を再定義していく力が欠かせません。
さらに、組織にとってもキャリア自律は重要なテーマです。
事業を変革していくには、指示待ちではなく、自ら考えて動ける人材の存在が不可欠です。
社員一人ひとりが自律的にキャリアを描き、現場での行動に移せるようになれば、組織の柔軟性や対応力も飛躍的に高まります。
「キャリア自律」と聞くと、どうしても自己責任や放任のイメージを持たれがちですが、そうではありません。
大切なのは、「社員個人の意思」と「会社側の支援」がバランスよくかみ合っている状態をつくることです。
自律=孤立ではなく、自律=支援を受けながら、自分の意思で進むことと捉え直す必要があります。
また、自律した社員が増えると、組織側にもさまざまな好循環が生まれます。
たとえば、
- 配置や抜擢の選択肢が広がる
- 学び直しや越境経験が蓄積される
- 対話や1on1の質が向上する
こうした波及効果は、従来の研修だけで育てる人材開発の枠を超え、組織文化の変革にもつながっていきます。
これからの時代にふさわしい人材育成の土台として、キャリア自律をどう支援するか。
まさに今、その設計が問われています。
2.組織にとっても、キャリア自律は大きな武器
キャリア自律というと、個人の成長やキャリア形成の話に思われがちですが、実は組織側にも多くのメリットがあります。
むしろ、これからの人材戦略を考えるうえで、「自律的にキャリアを描き、動ける人材」を育てることは、企業の競争力に直結すると言っても過言ではありません。
第一に、変化に強い組織づくりにつながります。
事業の方向性が変わったり、新たな役割が求められたりする中で、受け身の社員ばかりでは柔軟に対応できません。
一人ひとりが自分の強みを理解し、自ら機会をつくって挑戦できる組織は、環境の変化にもスピード感をもって適応できます。
第二に、人材の流動性が高まり、最適配置が進むという点です。
キャリア自律の意識が高まることで、「この仕事に挑戦してみたい」「別部署で得意なことを活かしたい」といった声が増え、社内の公募制度や越境的な動きが活性化します。
人材情報が一部の管理層だけでなく、社員自身からも発信されることで、配置・抜擢の精度が上がり、いわゆる「もったいない配置」が減っていきます。
第三に、内発的動機による行動は、成果につながりやすいという点があります。
自ら選んだ目標に向かって動く人は、周囲の指示に頼ることなく、自律的に行動し続けます。
上司のマネジメント負荷も下がり、部門全体の生産性向上にもつながります。
さらに、自律的な社員が増えると、対話の質も変わってきます。
1on1の場面では、単なる業務進捗の確認にとどまらず、「こういうことに挑戦したい」「このスキルを磨きたい」といった前向きな話題が出てくるようになります。
これは、上司・部下の関係性の質を高めるだけでなく、組織に自発性と創造性の文化が根づいていく出発点となります。
キャリア自律は、個人の意識改革にとどまらず、組織全体の活力を底上げする重要なカギです。
だからこそ、制度や風土、研修の設計も含めて、「社員が自律的に動ける環境づくり」が、これからの人材育成の中心になっていくのです。
3.キャリア自律研修は3段階で行動変容へつなげる
キャリア自律を促す研修を設計するうえで重要なのは、単に知識や気づきを与えるだけで終わらせず、受講者が実際に行動を起こし、日常の仕事に変化を生み出すことです。
そのためには、「気づき→設計→実践」という3つの段階を意識した構成が欠かせません。
第1段階:自分を知る(自己理解の促進)
最初のステップは、受講者が自分の価値観・強み・経験を見つめ直す時間を持つことです。
たとえば、モチベーショングラフやライフラインチャート、スキルの棚卸しなどを用いて、自分が何にやりがいを感じ、どのような場面で力を発揮してきたのかを可視化します。
この段階のゴールは、「自分には何ができて、何を大切にして働きたいのか」というキャリアの軸を言語化することです。
第2段階:仕事を再設計する(機会の発見と結びつけ)
次に、自分の軸や強みを現在の業務や今後の成長機会とどう結びつけるかを考えます。
ここで有効なのが「ジョブクラフティング」の視点です。
ジョブクラフティングとは、仕事の内容(タスク)、人との関わり方(関係性)、その仕事への意味づけ(認知)を、自分自身で見直していくアプローチです。
たとえば、「苦手な作業を減らし、得意な業務に比重を置く」ことや、「他部署と連携してみる」「小さな提案活動を始める」といった行動が該当します。
この段階では、「こうなりたい」だけでは終わらせず、今の仕事の中でできる小さな挑戦を明確にすることがポイントです。
第3段階:行動に移す(実践と継続の仕組み)
最後は、考えたことを実際の行動に落とし込み、継続する仕組みを整える段階です。
行動変容には、「少しの負荷」と「小さな成功体験」が必要です。
具体的には、週単位で取り組む小さなアクションを設定し、メンバー同士で進捗を共有したり、上司との1on1で振り返ったりする運用が効果的です。
ここで重要なのは、行動の見える化とフィードバックの機会をセットで用意することです。
この3つの段階を順に設計することで、受講者は「知って終わり」ではなく、「試してみる」「継続する」というプロセスに入りやすくなります。
キャリア自律研修の本質は、社員一人ひとりが自らのキャリアを自分ごととして捉え、今の仕事に意味を見出しながら行動できる状態をつくることにあります。
そのための道筋を、段階的に丁寧に設計していくことが、成功の鍵となります。
4.カリキュラム設計例:半日×3回+現場実践90日
キャリア自律を促すには、単発の座学研修ではなく、継続的に考え・行動し・振り返るサイクルをつくることが重要です。
ここでは、半日×3回の研修と、90日間の現場実践を組み合わせたモデルをご紹介します。
【第1回】自己理解とキャリアの軸づくり(半日)
初回は、自分を知ることにフォーカスします。
スキル棚卸しやモチベーショングラフ、価値観チェックなどを通じて、自分の強みや働く上で大切にしていることを言語化します。
また、他者視点からのフィードバック(上司・同僚へのヒアリングなど)を宿題に設定し、自分の認識とのギャップにも気づいてもらいます。
目的:「何を大事にして、どのように働きたいのか」というキャリアの軸を明確にする。
【第2回】業務の再設計と挑戦テーマの設定(半日)
2回目は、現在の業務や職場環境を振り返り、自律的に成長機会をつくる方法を考える回です。
「ジョブクラフティング」のフレームを活用し、今の業務の中で「やめる」「増やす」「変える」などの視点から仕事を再構築。個人ごとに「90日間の行動計画」を作成し、小さなチャレンジを設定します。
目的:「キャリア自律=異動」ではなく、今の業務の中で工夫の余地を見出す力を養う。
【第3回】行動支援の仕組みづくりと現場接続(半日)
最終回は、立てた行動計画を実際に継続するための仕組みづくりを行います。
週次トラッキングシートの記入や、ピアコーチング(2〜3人組の振り返り対話)のルール設定、上司との1on1に向けた「行動宣言シート」などを活用し、研修後の職場で継続しやすい環境を整えます。
目的: 行動変容を促すための「見える化」と「支援の仕組み」を、本人主体で設計する。
このように、3回の研修で「自己理解→挑戦設計→行動継続の仕組み化」を段階的に進めることで、受講者の学びを確実に行動へとつなげることが可能になります。
さらに、90日間のフォロー期間では、1on1支援やピアコーチングを組み合わせることで、現場での実践と成長を着実に支援していきます。
5.研修をやりっぱなしにしないために――行動定着を促す4つの仕組み
せっかく時間とコストをかけて実施した研修も、「現場で何も変わらなかった」となっては本末転倒です。
とくにキャリア自律のように行動変容が成果につながるテーマでは、研修後の定着支援がとても重要です。
ここでは、研修を「学んで終わり」にしないために、多くの企業で効果が出ている4つの実践的な仕組みをご紹介します。
① 上司との1on1に「キャリア支援」の観点を加える
キャリア自律は、研修だけで完結するものではありません。
研修で見つけた気づきを、現場でどのように生かすかを支援するのが上司との1on1です。
研修後に上司と定期的に面談を設定し、
- キャリアの方向性や興味のある領域
- 設定した行動目標の進捗
- 困っている点や壁になっていること
などを共有・対話できる場をつくることで、行動の継続と改善が促されます。
② 「ピアコーチング」で仲間と支え合う仕組みをつくる
1人では続かない取り組みも、仲間がいれば踏ん張れます。
ピアコーチングは、上司と部下のような力関係のある関係ではなく、仲間や同僚など、対等な立場(ピア)の人が、相互に相手の力を引き出すコミュニケーション手法です。
メンバーとの定期的な振り返り対話は、行動定着に大きく貢献します。
たとえば、2〜3人の少人数グループを組み、隔週で、
- 何を試したか
- どんな気づきがあったか
- 次に何をやってみるか
を簡単に共有し合うだけでも、意識の持続と学びの深まりが生まれます。
③ 社内の「越境機会」を活用して挑戦の場をつくる
キャリア自律を促すには、学びを試せる「挑戦の場」が必要です。
たとえば、
- 社内副業・兼務プロジェクト
- 公募による新企画への参加
- 他部署とのジョブローテーション
などの越境的な経験は、自分の力を試し、視野を広げる貴重な機会になります。
これらの機会を、研修後に選べるようにしておくと、行動へのモチベーションが高まりやすくなります。
④ スキルと実績を「見える化」する仕組みを持つ
最後に重要なのが、行動と成果を蓄積し、組織全体で共有できるようにする仕組みです。
たとえば、
- スキル棚卸しシート(定期更新)
- 小さな実績をまとめる1枚レポート
- 自己申告によるスキルレベル評価+上司コメント
といった仕組みにより、社員の成長過程やチャレンジが記録され、配置や育成の判断材料にもなります。
研修をやりっぱなしにしないためには、学んだことを行動に移し、それを支え、見える形にするまでを組織で設計しておく必要があります。
研修設計と同じくらい重要なのが、この定着フェーズの仕組みづくりです。
行動のサイクルが回る環境を整えることで、社員のキャリア自律が着実に現場で育っていきます。
6.自走する人が、組織を前に進める
キャリア自律は、社員一人ひとりの成長を促すだけでなく、組織全体の力を底上げする鍵になります。
変化の激しい時代において、受け身ではなく、自ら学び、考え、動ける人材がいる組織ほど、柔軟で強くなっていくのは間違いありません。
ただし、キャリア自律は本人任せでは根づきません。大切なのは、研修で気づきを与えるだけでなく、行動を支える仕組みを整えることです。
1on1やピアコーチング、実践の場づくり、スキルの見える化など、学びを行動に変えるための工夫を組み合わせていくことが求められます。
行動が変われば、日々の仕事の中に小さな挑戦が生まれます。
挑戦が続けば、成果が見え始め、本人の自信となって循環していきます。
そしてその循環が、自走する人材の連鎖を生み、組織の推進力そのものに変わっていくのです。